「お母さんは分からないから、自分で調べなさい」では、子どもの学力向上の機会をみすみす逃しかようなもの。「インターネットで調べてみたら?」「確か地図があったはずよ。それで見てごらん」「あの本に書いてあるかもよ」等、ある程度の道を示してやることが大切です。そして、数日後に必ず「この間のこと、分かった?」と聞き、子どもに解説させるのです。「あ、まだ分かんない」と答えたら、再び数日後に「分かった?」と聞く。これで子どもはきっちりと調べざるを得ませんし、親に解説することで、調べたことを自分なりに咀嚼してまとめることができます。親なりの知識を用いたアドバイスを与えることもできます。もし子どもから「なぜ?」と聞いてくることがなければ、親が無知を演じて「今、平安時代の勉強をしているんでしょう?なぜあの時代って貴族が遊んで暮らせていたのかしら?」などと問いを投げかけてみるのもいい方法です。子どもが具体的に答えられなかったら「ちょっと調べてみて、教えてよ」と言ってみる。もちろん、「あのこと、分かった?」と聞くことは欠かせません。このような家庭内で問いかけを繰り返すうち、フィールドワークにつながる調査力、観察力、そしてそれらをまとめる力がついていきます。
「化学合成物質を使った化粧品は皮膚呼吸を妨げる」といった表現もナンセンスそのもの。人間は両生類ではない。肺呼吸をする哺乳類であり、皮膚は排泄器官としての役割を果たすだけだ。個別に安全性を吟味しようとせずに成分を単純に自然と合成とに分け、自然=善、人工=悪だと短絡的に思い込む消費者は多い。残念ながらそれが現在のマジョリティだ。しかし、それは本当に体に良いものを使いたいという願いの表れともいえる。薬事法では、化粧品とは別に、厚生労働省の審査を受け「有効性あり」と認められた医薬部外品というカテゴリーがあるが、化粧品に義務づけられた全成分表示が医薬部外晶には免除されている。有効成分が配合されているので全成分表示をすると企業の知的財産に関わってくる、という理由からだ。もちろん成分を表示しても構わないが、自発的に表示に踏み切るメーカーは少数派だ。
お別れ会は、すでに遺骨になった状態で行う。最初に遺族が遺骨を抱いて入場して式が始まるのと、最初から中央に遺骨を安置しておいて始まるパターンとかある。会場の設営は、一般の葬儀のように並んで無宗教葬と同じような式進行が行われるものと、皆がテーブルについて会食しながら進める形式がある。もちろん立食形式もある。少ない人数の場合にはテーブルについて食事をしながらという形態もいいだろうが、多人数になった場合には、先に式典を行わないと、しまらない、というか、単なる食事会のようなものになってしまう。無宗教葬やお別れ会では会費制がとられることも多い。また香典を持ち寄ることも多く、その場合の表書きは「お花料」「お悔やみ」等が使われる。参列するときの服装は、形式ばらないという理由で「平服でお越しください」というのが多い。